『盛岡タイムス』に代表出淵晴彦・当法人の記事が掲載されました。

https://www.facebook.com/tioch1491/ 5月9日投稿

盛岡タイムス2015_4_30

「忘れていない」伝え続け

盛岡にゆかり 出淵晴彦さん(52)東京

NPO設立し被災地応援

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ハックるフェアが開催された4月11日に盛岡タイムス・藤澤記者から代表・出淵晴彦、及び、東北岩手応援チャンネルの活動について取材を受けました。
記事は4月30日付け7面に大きく掲載されました。

代表の故郷である盛岡の地元紙にこうして取り上げて頂けたのは、本当に誇りであり光栄です。
ブログ、HPなどSNSへの記事掲載の許諾を頂きましたので
ここに掲載させていただきます。

以下、本文記事の書き起こしです。
お時間ありましたらご覧ください。

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特定非営利活動法人「東北岩手応援チャンネル」の出淵晴彦理事長(52)=東京都=が、音楽と映像、食で岩手・東北を元気にしようと、沿岸被災地と内陸、東京を行き来して活動を続けている。
出淵さんは父が盛岡市出身、母が旧浄法寺町(二戸市)出身で、先祖が盛岡の先人の外交官出渕勝次(1878ー1947年)と盛岡に縁が深い。

出淵さんは「被災地はもちろん内陸が元気にならないと、岩手・東北全体が元気にならない。
東京の視点も生かしながら(被災地のことを)『忘れていないよ』と伝えたい」と、交流を重ねている。

同チャンネルは2014年9月に設立。
同年は、仮設住宅の人たちに生バンドで歌う場を提供する「三陸歌声喫茶キャラバン」を沿岸3市町村で開催。
田野畑村の古民家を交流の場として再生する「田野畑コミュニティー再生事業」(事務局・障害者福祉施設ハックの家)に賛同し、田野畑の風景を写したポストカードを販売。売り上げの2割を同事業に寄付している。
(代表註*「2割」は「2%」の誤記です)

4月10、11の両日は、盛岡市西青山のゆめさとタウンで開かれた東日本大震災沿岸復興支援イベント「ハックるフェアin盛岡」に出品。
ポストカードやオリジナルグッズを販売したほか、自身もキーボードやギターを演奏してミニライブで盛り上げた。

出淵さんは
「東京にいるから見えているもの、東京から発信できることがある。被災地の人にしか分からないこともある。両者をつないでいく活動ができれば」と話す。
曾祖母のいとこに出渕勝次がいて、盛岡人としての思いも。
「東京も盛岡も『帰る』という感じがする」という。

同法人陸前高田事業所の元テレビ局社員・大友重隆さん(33)は陸前高田市の「うごく七夕」の撮影を通して出淵さんと知り合った。撮影班として活動しており、「それぞれの専門性を生かしながら、沿岸と内陸の橋渡し役ができれば」と話す。

出淵さんは11年から個人的に募金を募り、支援物資を被災地に届ける活動の中で、ハックの家施設長の竹下敦子さんと知り合った。震災から1年たったころ、竹下さんから「仮設の人たちは、一周忌が過ぎて忘れ去られるのではと不安に思っている」という声を聞いた。
「『忘れていないよ』と伝えられるものは何か」と考えるようになった。

ツイッターを通して宮古市田老の中学生らと知り合い、12年8月に田老で音楽イベントを開催。地域の人と交流を重ね、仮設住宅に暮らす人たちの生の声も聞き続けてきた。

「実際にその場に行くことが大事。仕事として成り立つことができれば、もっと頻繁に岩手に来ることができる」。
活動資金集めなど、個人活動に限界を感じていたとき、岩手と関わりのある東京の男性からNPO法人の立ち上げを提案された。
賛同者を募って同9月にNPO法人を設立させた。

設立後は、被災した田野畑村の島越(しまのこし)地区に伝わっていた旧島越小愛唱歌を譜面に起こし、復活させる活動にも力を注いだ。
三陸道インターチェンジ建設のため、今はなくなったハックの家の裏山の風景も映像に残した。
この映像をもとに、自ら作詞作曲した「ハックの丘」をシンガーソングライターの松本佳奈さんの歌でCD化し、支援活動に役立てる構想もある。

「3年間、個人で続けてきたことがやっと具現化できた。まだまだ足固めの時期だが、一つ一つの出会いの中でニーズが出てくると思う。被災地を支援するためには内陸がもっとしっかりしなければ」と、岩手全体を応援していく思いを語った。

同法人では、活動支援する賛助会員(サポーター)も募集している。年会費個人1口3千円から。
詳しくはウエブサイト(https://tohokuiwateouenchannel.wordpress.com/) 。

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